そばにいた砂田さんからリレーバトンまだよね?と言われ、バトンを受けることになった福光です(--;)
「Dプロに入ったきっかけは・・・・
記憶を辿るのに時間がかかりそうです。少しずつ思い出しながら書きたいと思います。
小学4年か5年の時から大人のろう者と交流しはじめ、日本手話でユーモアのある話を聞かせてくれたりしてとても新鮮だった。
ろう学校の授業より、楽しくてしょうがなかったことを覚えている。
ところが、ある人(日本語対応手話)から「日本語のない手話なんてデタラメだよ、それなら日本語のある手話を使った方が正しいよ」って言われ、私は戸惑った。
立派な日本手話の使い手であるろうの大人が大勢いるのに、日本手話を使うとみっともないのか、どこが悪いのかあれからずっと闇の中で迷い続けた私。
そして、私が23歳の時。ある日、木村晴美さんの講演で、私の質問に対して木村さんはこう言われた。
「日本語に訳せない日本手話がある。つまり日本手話は(日本語とは異なる独自の)言語であるということ。
英語に訳しきれない日本語があるんだよ。それと同じ」と。
初めて聞いた時、目からうろこが落ちたようだった。
私の疑問を解決してくれるなんてすごく感動した。誰も教えてくれなかった今までの疑問をDプロが教えてくれた。
こうしてDプロと出会った。
あの頃、Dプロは過激派だよと言った渡辺さんが、今Dプロに入っている。
そのバトンを渡辺さんに渡したいと思っています。よろしくお願いします。NEXT(次へ)