松田さんからバトンを受けた砂田です。汗汗・・・
最近どうもメタボ予備軍になっているような???
いえいえ、8月の体重?キロから、自然に2キロも減量したのですよ?!
しかし、食欲の秋到来!現在再び増量中!!!!!!!
関係ない話はさておき、本題です。
14年前の私の日記から・・・
私の日記
1993年10月 ワシントン州 ワシントンD.C.
私は、初めてギャロデット大学を訪問し、スポーツ研究室で女子バスケットボールの女性監督にインタビューをしました。
彼女はアメリカ手話で話し、私は「????」何とか読み取ろうと頑張りました。
でももちろん、100%完璧に読み取ることはできませんでした。
でも、彼女がしきりと『手話』について語っていることは分かりました。
私は、これまで『手話』について特別に意識をしたことがなく、ここで初めて真剣に考え始めたのです。
インタビューの後は、学生食堂で現地の学生と食事をしながら交流しました。
私は彼らの手話を見て、「あれっ?」と思いました。
自分達が日頃使っている手話と、何かが違うと気づきました。
口の動きがあまり目立たず、手の動きも早い・・・
でもその時は、アメリカの手話ってこうなんだ、程度にしか思いませんでした。
その後、友達とパソコンルームに移動して教室を見回した瞬間、目が飛び出るような衝撃を受けました!
彼はパソコンに向かいキーを速く打ち、英文を作成しています。
あれっ?そんなに簡単に英語の文章を書けるの?
その光景を見て不思議に感じたのは、私だけだったのでしょうか。
私は日本語は、苦手!英語って楽に書けるもんだなーっと思い彼に聞いてみました。
そして彼の答えを聞き、私はまた人生の中で一番大きな衝撃を受けました。
『手話と英語と違うよ!』・・・混乱してしまった私。
今まで、手話は日本語と同じだと思っていました・・・
手話のことを知りたくて知りたくて・・・
帰国してすぐ手話のことを探り、初めて出会ったのは、DPROでした・・・・・・
こうして現在の自分に至ります。
次のバトンは福光あずささんにお渡ししたいと思います。NEXT(次へ)