スタッフリレーエッセイ
No.16 松田 一志(まつだ・かずし)

柴田正明さんからバトンを受けた松田です。
 柴田さんは山形から上京して2年になりますが、本当に頑張り屋です。荒川マラソン2007に出てみないかと誘ったところ、本当に出場されました。彼は頑張りはしましたが、最後はバスに乗ってのゴールインでした・・・このままでは引き下がれないでしょうから、次もチャレンジするでしょう。それが楽しみです。
 さてと、そのチャレンジですが、人々それぞれありますよね。私は言うまでもありませんが、ダイエットです。
 若い頃は野球に明け暮れていましたので、自然と体は引き締まっていましたよ。20歳の時には身長が170cm、体重が59kgありましたよ。腕立て伏せと腹筋さらにスクワットを100回以上はこなせましたね。30歳を過ぎてから野球を引退して、ろうあ運動の道に入りました。同じ運動とは言え、体を動かす機会がまったくなくなりました。動かすとしたら頭の中だけでした。
 ま、ともかく文化活動を通して、米内山さんをはじめ木村さんたちと知り合い、ろう者としてのアイデンティティを求めて来ました。また、ろう者の自然言語は手話であると信じて、ろう教育に手話が欠かせないと長年主張してきました。それが今、実りつつあります。
 では話を戻して・・・長年文化活動を続けてきた代償が体に現れてきました。それは忘れもしない2005年4月25日。JR福知山線脱線事故が起きた日、私は広島空港にいて、車から降りたとたん、左股の付け根に電気が走ったような痛みがあり、歩けなくなってしまいました。必死で東京に戻りましたが、一時は車椅子と松葉杖のお世話になるほど徒歩が困難になってしまいました。
 病院で診てもらったら、椎間板ヘルニアによる座骨神経痛でした。神経ブロックなどの治療を試みましたが、一向によくなりません。医師が手術を勧めたので、受け入れる気でいましたが、やはり、自分の体を傷つけたくない思いから断り、自分で治してみせると誓いました。それは8月であり、その時の体重はなんと88kgになっていました。いつの間にかプクプク太っていました。その重みが腰にきたのでしょう。しかも中性脂肪が600を超えていましたよ。まさにメタボリック・シンドロームでした。このままでは命が縮んでしまいます。その日からチャレンジが始まりました。
 先ず、食事の量を減らし、揚げ物はできるだけ避け、植物繊維を多く摂るようにしました。その次に体脂肪を落とすシェイプアップ、そして、ランニングに取り組みました。ほぼ毎日最低30分昼夜を問わず、走っていました。若い頃は短距離が得意でしたが、長距離は苦手でした。最初は全く走れなかったのですが、それでも辛抱強く続けていたら、いつの間にか距離が伸びるとともに体が軽くなっていきました。それで、さらにチャレンジしようと思い、荒川マラソン2006にエントリーしました。その結果初マラソンを完走で飾ることができました。その後もトレイルランと通勤ランも積極的に取り入れてシェイプアップに励みました。
 そして1年後の2006年8月、体重はマイナス24kgの64kg! 中性脂肪は80! 体格もすっきりしました。肝心の椎間板ヘルニアと座骨神経痛は完全ではありませんが、見事に克服しました。そして、さらに1年・・・その間、東京マラソン2007にも出て完走しました。
 今は、運動量を減らしましたが、体重は67kg前後をキープしています。このように見事、メタボリック・シンドロームから脱出することができました。やはり、体が健康でないと、いろいろな活動ができません。先ず、自分の体を管理することが大事です。ダイエットしたい方がおられましたら、私までおいでください。待っています。そう言えば、スタッフの中にメタボ予備軍がいました。その人の名前は砂田武志さんです。砂田さん、一緒に走りましょう。では、バトンタッチします。
砂田さん、よろしくお願いします。NEXT(次へ)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19