スタッフリレーエッセイ
No.10 千々岩 恵子(ちぢいわ・けいこ)

こんにちは〜。千々岩恵子で〜す(^^)/
紅葉が美しい時期となりましたね。秋と言えば、もう「食事の秋」でしょうか。
こちらは、運動は全然していないし、育児などでゆっくり本を読むヒマもなくなりました。もう「食事の秋」しかありません(>_<)
そして、DPROスタッフの仲間と初めて交流したのも、ちょうど10年前の秋。オータムスクールの時でした。あれから、もう10年経ったとは、本当に早いものです。
実際は、もっと以前に何度も機会がありました。
バレーボール仲間だった赤堀さんからTHE DEAF DAY 94やDYC(デフ ヤング クラブ)などを誘って頂いたり、他の友達何人からも「聾者は劣ってはいない」と何度も熱く語ってくれました。
しかし、頑固な私は「そんな理想なことを。現実を見なよ。それより楽しく遊べばいいのさ。」となかなか受け入れようとはしませんでした。
そしてTHE DEAF DAY 96。
特別講演のMJ氏の話にハッと目覚めた聾者がたくさんいるらしいですが、私は彼女の話も今だから言えますが、「理想論だ」と聞き流してしまったのです(-_-;) 
だけど、ベン・バーハン氏の魅力的な聾文学「ある鷲の子の物語」と野呂一さん達が制作した「ろう者偉人伝・横尾義智」には、何故かすんなりと受け入れられました。
「ある鷲の子の物語」は鷲夫婦の間に文鳥が生まれ、親は何とか鷲の社会の中でも生活できるようにと訓練を受けさせるけれど、文鳥はどうあがいても鷲にはなれない。
文鳥は文鳥なのだから。
この物語は私たち聾者に向けられた大きなメッセージだと気がつきました。
もう目覚めましたね。この話で。
「ろう者偉人伝・横尾義智」にも大きな意味がありました。
聾者にも偉人が存在したこと、聾にも歴史があるんだと。
私の聾としてのアイデンティティーの火が燃え出した瞬間でした。
なので、私みたいに理論ではなかなか理解してくれない人には、聾文学や聾歴史のことなどからお話しするといいかもしれません(笑)
その後、又も赤堀さん(本当に感謝!!)からのお誘いでオータムスクールの「ろう者歴史学チーム」分科会に入り、野呂さんたちを始めDPROの先輩スタッフたちの活躍ぶりに惚れこんで、すぐ仲間入りさせていただきました。
「ろう者歴史学チーム」は榧陽子さんの記事にもあった通り、色々と楽しい取材活動でした。
聾者の歴史を探検してビデオを造っていくその充実感がたまらなくなって、毎月きちんとお給与をもらえる会社にも退職しちゃいました。
人生って何かあるのか、分からないんですね。本当に。
「ろう者歴史学」チームはもうなくなったけれど、「映像部」としてまだDPROに居座って未だにも先輩スタッフの活動ぶりに学んでいただいています。
私たち「映像部」とは、セミナーやイベント時などビデオ撮影をする、いわゆる「記録」担当となっていますが、いつかDPROの理念を基づいた、それでいて、誰でも楽しめるような映画を作りたいな。
あの「ある鷲の子の物語」のように…と夢見ています。
さて、次のバトンには同じ映像部の先輩の宮腰さんにお願いしたいと思います。
彼は私が初めてDPROに関わった時からの付き合いです。
年上ぶりしない人で、映画やマンガ、超自然のことなどの趣味が合っていて、パソコンにも詳しい。
彼にバトンをお渡ししま〜す。 NEXT(次へ)

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